昭和四十二年三月三十日 夜のご理解
「生神金光大神天地金乃神一心に願え、おかげは和賀心にあり」
おかげは和賀心に有りというのでございますけれども、その和賀心が頂けるために一心に頼めというところを、特に頂かねばいけませんです、ね。
これは皆さん天地書付です、ここの石庭が、天地書付を配石してあるのが、ここのお庭です、金光教の信心の云うなら、これはお題目なのです、もう、法華宗の南無妙法連華経、仏教の南無阿弥陀佛と同じなのです。
非常にそのこれは大事な事でございますから、まあ私どもの心の中に、たえずこのいわゆる金光大神のご神号をです、お唱え申し上げるという事は、お道の信心させて頂くものの当然の行い、ね、「生神金光大神 天地金乃神一心に願え おかげは和賀心にあり 今月今日で頼めい」ですから、そこの所のどの一字、どの一句でも無駄は粗末御無礼になってはならぬのです。
けれどもお互いが、おかげは和賀心にあり、おかげは和賀家でない、心に有るんだというところに焦点を置くのですけれども、その和賀心を頂くために、和らぎ賀ぶ心を頂くためにです、一心に願えというところを頂くんですね。
そこで改めて、ここで、私は思うんですけれどもねぇ、なかなか一心に願えと云う一心の信心というのはです、私どもが感じております、五体に感じたり、または、感覚に感じました云うなら、心により難儀を感ずる、体に難儀を感ずる、様々な人間関係、または、痛苦の苦しみ、人間関係の苦しみと云った様なです、そう云う様なほんとに、難儀を感ずる時こそ、私ども人間一心が立つ時なんです。 今日、親教会の総代さん方が、親先生を先頭にして皆んな見えられました、そして、私が、あちらの総代のご用を頂いておりましたから、まあ、最後の総代会、同時に送別会をしたいという事でございましたから、ここで送別会をされた、まあ、致しました訳なんです、まあ、面白い送別会でした、そういう意味合いでは、けれども、ほんとにその皆さんおいでて頂きましてから、いろいろお食事して頂いた後に、結局は、信心話しでございましたが。
岸先生がこう云う事を云うておられますですね、お道の信心を頂いてですねぇ、お道の信心の厳しさが判らずしては、お道の信心は判らないと云う事を云うてあります、もうしかりです、有り難か事は判る、只、只信心致しておりますというだけじゃない、ほんとにこの神様、神様そのものは私どもに対して厳しいけれどもです、同時に信心そのものが、厳しいと云う事をです、自覚に立ったそういう意味合いで、例えば、これは現在のお道の教師、または、信徒を問わずに、果たしてその信心の厳しさと云う様なものをですね、感じておる、信者、先生がどのくらい居るだろうか。
まあ例えば、教師で云うならばです、もうほんとに御結界に自分の命をかけるという様にですね、まあそこにほんとに、なるほど、厳しい事なんだ、例えて云うなら、私どもがここに座らせて頂いて、もう昨日なんかは、もうような居られんごとあった、けどそこんところをですね、辛抱し抜かせて頂いて、始めて、ああ辛抱してよかったと云うものが生まれて来るのです、ね。
厳しい事なんです、そげん、元気、冗談に云いなさらんでんね、足が痛うなりなさったら、誰かに代わりなさったっちゃよかろう、して貰わねば、ちょいと私は変わってますから、ちょっと云ってから、変わったっちゃよかろうけども、そこにです、私は確かに厳しい事なんだなと、こう思うのです。
これはまあ、私の云う厳しさなのですけれども、果たしてそのお道の信心の厳しさと云うものをです、感じ取らなければ、お道の信心の本当の有り難さは判らない、そういう意味合いで、岸先生なんかは、確かに、教会にはお参りされませんです。
それは、月次祭しか参られませんけれどもです、確かに信心そのものは、いつも、厳しいもの、まあいつも自分をですね、云うなら、御神誡なら、御神誡の中に置いておられるという感じが致します。
岸先生て云う人は偉い先生だなぁー、私は子供の時から、そういう風に思うてきたが、やっぱり今は違うかて、今でもやっぱり偉い先生が出来上がっておるよと、話した事ですけどもですね、確かに偉い先生、例えて云うなら、まだ小学校の代用教員をなさっておられた時、検定を受けて、検定試験に通られて、教師の資格を取られて、それから、校長までなられた方ですから、頭の非常に良い方ね、弁も立つ、筆も立つ、もうほんとにまあ、善導寺の教会には良い総代さんが揃うとるなと、私は思うです。
そこで例えば、んならその成る程、教会にはその当時、全然参ってなかったけれども、その信心の、教祖の信心を本気で頂こうとするその意欲の厳しさが、私たちは、したらないと云うとりました。
これは、淵上先生がよく先生同士で云いよったんですけども、確かに、私らにはでけん、例えば、朝礼で、昔は、今でもあっとるでしょう、ありましたですね、まだ先生が、はたち時代、云わば若い先生時代の時には、もう絶対裸足であった、しかも、霜柱が立っとる運動場にですね、立ったが最後、もう裸足で歩む、だから先生が立っとる所は、じーっとその霜がですね、解けて先生が足の形になっていくと、解けていくじゃと の様な真似は出来んという様な事をですね云うとりましたが、そう云う様な例えば、信心、ほんとに教祖の信心をですね、ほんとに頂こう、判らして頂こうというとこにです、そういう矢張り、厳しさと云うものを、自分自身も、現在でも、奥様が亡くなられまして、もういつも背中には、孫を負うたり、引いたりして、嫁ごさんを助けておられます。
もう教会に例えば、来られるでも、子供を背中に一人おんぶして、手を引いて来られます、それがなかなか出来るこっちゃございませんですねぇ、けれども、そういう信心生活というものに非常に厳しいものを、その先生の信心から、感ずるです。
ほんとに、確かに厳しいものをですね、そのはたしてお互いですね厳しいものを只有り難いとか、只お願いせんならんけんとか、只おかげ受けんならんけんお参りしとるけれども、その内容に、そういうお互い厳しいものを感じておるだろうかと、もう他の事は出来んけど、この事だけは、いくら、祈るっていった様な一つの厳しさはあるけど、自分を反省するという事においてはです、それこそ、死もなさぬ様な厳しさを持って自分の心を見きわめて行けと云われております。
人に対しては、春の海の様にあれと、豊かな大きな心でと、こう言われております、自分自身をそういう厳しさを持って、自分というものを反省してゆこうとする、私は意欲がお互いに欠けているのではないだろうかと、先生のお話を聞きながら、そんな事を私は感じたんです。
けれども、人事ではありません、その事、その厳しさがですね、私ども、凡人凡夫にはですね、矢張り何かそこには、一心を立てる事がなかなか出来ないという事、この事だけは、どーでもおかげ頂いていかねばならん。
今日、熊本から、松村という夫婦が参って参りました、私は丁度修行生の相手をしておりましたけれども、私の、その帰り、帰りのつくのを待っとりますものですから、しばらく待たせましてから、只、別に、只、お礼のお届けだけだろうと思うとりましたら、兎に角、話を聞きよりましたら、一時間くらい、先生広大なおかげを頂き命拾いをさせて頂きました、と云うてですね、そのう、もう、泣きながら、そのう話されてから、話しの内容は、よう判らんくらい、けれども本人にとってみてはですね、そういう命拾いをする様なおかげを頂いておるんですね。
この度そういう中にですね、もう這うも立つも出来んごとあるけれども、お広前と、便所の掃除だけは、絶対私が一生欠かしませんという、神様にお約束をしておったからですね、熱が43度あったそうです、何日間か、その様な話しです。
けれどもその、便所の掃除をさせて頂くという時はですね、何かどうも無いごとある様な気分であったと、そして、便所の中を一生懸命掃除して、ま、夢かうつつか判らんけれどです、そのこれも金光大神か、これも金光大神かと云うて、頭の上に沢山の金光大神が現れれてですね、もう自分の身の置き所が無かった、そこを、親先生、親先生、親先生ーと祈ったち、便所の中で、そしたらはっきり、ここの親先生が御結界に、ようここの御結界は左ですからね、ようこのう、左側の御結界に親先生がお座りし抜いてから、お取次ぎ下さっているところを、ご心眼に頂いたら、頭がすーっとそれから良くなっていった。
先生、命拾い致しましたと云うてから、その云うて居られますね、だから、この人のそのいわば、私たちは厳しさと云う事を申しておりますが、もうこれだけはという事をですね、そういう死ぬか生きるかと云った様な時でもですね、矢張貫いておる、そう云う様な事がですね、矢張一生懸命の一心を立てると云うのは、そんな事ではなかろうかと思う、一心に頼めと仰有る事は、そういう一心なんです。
あっちも参らん、こっちも参らん、それも一心でしょうけど、一心だけでは、そこにその行を表して行くという事がです、矢張り一心なんです、一心に頼め、一人一人私どもは何かね、確かに難儀を感ずる時がなからねば一心は出ないという事。
その難儀の実体というのは、実は、困った事でもなからなければ、難儀な事ではないのだけれどもね、けども、私どもは五体を持っておりますから、感覚を持っておるからです、その感覚が現れてくる、五体に現れて来るところの、苦痛というものはです、やっぱり、難儀を感ずるわけです。
その苦痛が大きければ大きいだけ、けども一心が立つという事になれば、その苦痛の事も、又おかげである、成る程、難あって喜べ、難はみかげという事が判るじゃないですかね、そういう難と感ずる様な時でなからなければね、一心は立たんて、先日から 先生が、昨日から東京に行ってありますが、もう息子さんの事で、もうそれこそ大変な問題がある。
毎朝、毎朝その椛目に電車バスを利用して参って見える時、その方が一生懸命、やっぱお縋がりして見える、所が、電車から、ちょっと眠っとる、ところがですね、もう大きなその、わくどがですね、こうして、背を腹に向けて、仰なかせに寝てるところを頂いた、そして、誰かが、さあこれからそのわくどを解剖すると云うお声を頂いた。
お夢の中に、うつつとも、御神夢ともご心眼とも判らぬ様子を頂いたとこういうのです。
ああ素晴らしい椛目の神様の働きて、素晴らしいと私は思いました、よその者では通用致しません、椛目に御縁頂いておる者でなければ、判らん事なんです。
ここで私が他に怖い物は無いばってん、わくどだけは怖いというて、いつもお話致します様にですね、もう本当にさあどうしょうかと云うごたる、目の前が真つ黒になる様な怖い事だと、私もそれを感じますが、秋永先生も、それを感じられた訳なんです。
けど実祭それを解剖して見てですね、怖い事でも何でも無いのだという事です、ですから、私どもが難儀を感じる時でもです、その難儀の実体というのは、神愛の現れである、なぜ神愛の現れでかと云うとです、神様の愛情の現れであるかと云うと、氏子に一心を立たせたいばっかりの神の思いなんですね。
ですから、信心させて頂くものは、元々難儀かと云えば、その、七難覚悟をなさり給えと云った様な事は、しなくても良いけれども、自然に起きて来るところは難儀というものにですね、本気で取り組んでです、そして、そういう難儀を感ずるなら感ずるほどに、神様に一心をうち向けて行かねばいけない、そこに私は、一心に頼めいという訳が判ってくると、こうね、一心に頼まなければ悪い、普通は十分しか拝まんばってん一時間でも拝まねば居られん、普通は大祓い一巻しかあげんけれども、十巻でも二十巻でも御神前に一生懸命あげなければ居られない。
水の一べんかぶらにゃ居られないね、そう云う時なんです、一心が立つのは、そこでいわゆる、お題目と思われる様な、天地書付の中にあるところの一心に頼めというそういう一心が、私どもが難儀を感ずる時こそ、いよいよ一心が出す時だという事。
そして、一心とはこういうもんだという体験させて頂いて初めて私は、一心におかげを受けて初めてです、和賀心、和らぎ賀ぶ心が頂けるのだとこう思うのです。
だから、皆さんが感じられるその難儀をですね、まあだ、一心がその難儀によって感じられんとするなら、まあだ、あーたの難儀が難儀という難儀ではないという事です。
で、私どもがそれで、そう云うほんとに感じますですね、借金に責められると云うか、鬼に責められるやら、借金に責められる様な、もう、どうにもこうにも出来ない、又、嘘云うて断りに行かんならん、もう相手の人の顔が、ほんなごと鬼に見えるごとあるから、行かれんのだけれども、そう云う時に、神様に一心に縋がって私はまいりました、そう云う時に、私に一心がこう起きたと云ったのではないかと自分では思います。
皆さん、一心を立てる信心の稽古をなさらなければ、和賀心、おかげを頂けるところの和賀心は頂けんと思います、その一心は、難儀な時ほど一心が立つという事。
ずうっと難儀な事を持って、私どもは信心の稽古をさせて頂かんならん事が判る、しかも、よくよく体験させてもらい、おかげ頂いた後で判らせて頂く事はです、あの事は怖い事でもなかった、困る事でもなかった、神様の氏子可愛いいと思われる氏子に真実の信心を判らせ様となさる、神様の願い以外になかったという様な事が、だんだん判らせてもらう、それを繰り返し繰り返し、私どもが一生の中に、それを繰り返して行くうちに、私どもの行くてに怖いものは無いと云う様な大きな悟りが開けて来るのです。
そこで、私は天地書付の意義というものがですね、一字一句の中にでもある訳なんです、けれども、生神金光大神天地金乃神一心に願え、一心に願うただけではいかんのだけども一心に願う事によってです、次の和賀心というのが本当の意味において、私は生まれて来るのだと思いますですね。 どうぞ。